トイロフの肉体統合

昨年あたりから身体の使い方を色々と工夫しているが足の裏の感覚や内的流動感や周辺空間なんかの意識化が整理されるにつれ全体がドライブ感へと集約されてきた。この身体的ドライブ感を全身で意識しながら動くようにしてから間違いなく注意力は保ちやすくなり動作も効率的だしトラブルも明らかに減少している。帝都に行った火曜日も通常なら色んなトラブルに疲れ翌日にはヘナヘナで不機嫌で動きもカッチカチになるのが相場なんだがドライブ感で一日過ごした今回は一切順調で翌日も暑さによる疲れが残るだけだった。そして驚くべきことに翌朝から急に物が見えやすくなっていた。ドライブ感は全身で感覚されるものだから歩いてみると確認しやすいが指先だけを動かしてみても同じ感覚が全身に広がるようになる。慣れてくると静止状態でもドライブ感は動き出す。こんなんで日常の感覚が全面的に激変した。まるで気分は人心を惑わす変な宗教を信じて歓喜している可哀想な面々みたいだ。ちなみにドライブ感の発見は皮肉にも悪質宗教に平穏な生活を乱されたのが契機になっていた。確かに悪質宗教の主張するように拝んだら不思議が起きるのは経験的に間違いなさそう
だ。んなら腹立ち紛れで連中がバカな頭で体験している奇跡とやらを自分の作ったテクで再現してやろうと目論んだ次第!連中がバカなのは拝むという状態のホントの実体を自分で客観的に観察する能力を養わないなず解明の努力を心がけないからだ。バ〜カ!内的もしくは身体的ドライブ感の中でカラダを操作すると動作ばかりか意識も無用なバイアスに干渉されにくくなる。特に心理面では消極的で破壊的で否定的な観念や記憶や連想なんかが判断や構想に介入しなくなるのが嬉しい。逆にドタバタしてしまうとドライブ感を意識できなくなるから出がけなんぞに忘れ物や失策も生じやすいだろう。悪質宗教はドライブ感やワクワク感を悪用して人間を騙しているのかも。ホントはドライブ感さえ感じられたら誰でもが等しく宗教が売り物にしている特殊な経験的が味わえるのだ。