それが言えない

今日は平穏かつ無事に終わった。ただし暑くて宮殿では何一つ出来ないでいた。それでも身体的ドライブ感の概念と実運用法について整理していた。アタマぢゃなくカラダで動き出す感覚。やはりドライブ感を全身で感じながら動くと身体的にも心理的にも確かに無意味なバイアスの干渉が減っていて心やカラダが前よりも効率的に動く。これからも検討は続く。そういえば帝都に出て行った火曜日には積極的に動けば的確な行動が取れたはずなのに意識が全く動かず何も出来なかったという経験が二度もあった。一つは帝都に向かう電車の中。目の前で人がケータイを落としたのは解ったがカラダが動かないし声もかけられない。その人は自分でケータイを拾って電車を降りた。二つ目は書店で立ち読みをしていたとき一人の客が占いの専門書が見つからないで困っている様子だった。声をかけH書店へ案内するという選択肢が完全にアタマの中から抜けていた。お客は肩を落として店を出ていった。二つの経験とも直後に何をすべきかが思い浮かんだのが間抜けだ。こうゆうとき意識の中では何が起きているのか。今さらだが振り返ってみると一つだけ明らかだったのは自分と相手との関
係というか距離感を決めかねていたことだ。こん
なとき自分が清潔間満点な爽やか系だったら楽なのにとアタマが痛くなった。これとは少し違うけど動きが取れなくなることが一つある。ナゼか相手の話が極度に面白くないときにも言葉が出てこなくなる。面白くない理由も言えるし相手をリスペクトした形で指摘することくらい出来るんだけどホントに言葉が出てこない。こうゆうとき自分が普通の人のように鈍感で無神経でザツでいられたら乗り乗りで過ごせるだろうに。