自動操縦システム

昨日は深夜までズレ込んでしまった修行の後で何となく真夜中の町を駅まで歩いてみたくなりました。異常に寒い夜だったせいか終電間近の駅前には人の姿も見えません。しばらくして最終一つ前の電車が着くと乗客がパラパラと階段を降りて来ます。そして最後に電車を乗り過ごしたものと思われる黒背広のオジサンが改札内に残されました。そのオジサン、背広の前のボタンは閉めてないし、何か歩き方もフラフラしているし、だいぶグルグルな景色ですが、だからと言ってトラではなさそうでした。オジサンは駅員と何かモヤモヤした遣り取りの末に結局は改札の外へ出されてしまいました。傍受した情報から判断すると、どうやらオジサンは小○急線○田駅で降りたかったようでしたが、もう上り電車はありません。オジサンは改札近くの壁の辺りに音無しく寄りかかっていましたが、時おり「んぎゃおー」とか叫んだり、ちょっとその辺を歩いてみたり、タクシーが来ると「○田までいけるぅ?」とか運転士さんに訊いたりしていました。○田はベラボーに遠いので運転士さんは当然みたいに丁重に断ります。最終電車が着いて最後の乗客が改札を出て、再び駅前には(小生
とオジサンを除いて)誰も見えなくなります。タクシーが来ます。オジサンは「○いけるぅ?」と訊きます。もちろん悉く断られます。しかしオジサンは全く諦めずにタクシーが来る度に「○田いけるぅ?」を繰り返します。そんな光景を少し離れた場所から見ながら「まだ近くの駅に行けばサウナとかマンガ喫茶とかだってあるのに…」とか「なんで○田に帰らないと気が済まないんだ?」とか「○田に帰らないといけない何か切実な事情でもあるのだろうか?」とか色々なことを勝手に考えていました。恥ずかしながら小生、このオジサンのようなシャレにならない乗り過ごし経験は誰よりも豊かだと思います。しかし、不思議な話、いくら超グルグルの状態になって記憶がなくなった時でも、ナゼか気が付くと最善の避難場所を自然に見つけ出しているのです。小生の愉快な仲間たちも負けず劣らずの経験を積んでいますが、やはり同様の自動避難システムのお世話になっているのです。こんな便利な自動操縦システムですが、不幸にもこのオジサンには付いていないようでした。だんだんタクシーも来なくなってきました。いくら何でも、この寒くて殺風景な田舎の駅前に朝ま
で放置したままにしておくのも忍びない、声をかけたものかと考えながらも、何も出来ない自分を嘆いているうちに最後のタクシーになると想像できる一台が駅前に止まりました。小生それを見届けるとその場をサッサと離れました。「始発まで待つしかないねえ」そんな冷たく残酷な運転士さんの答えを聞くのも怖かったのです。背後から「んぎゃおー!○田までいける?」という声が聞こえてきました。運転士さんが何か良い解決策を考え付いてくれることを密かに祈りました。人間には最悪の状態にあっても働く高度な知恵が備わっています。その知恵が動き出すと、何とかその場で考えられる最良の方法を自動的に探し出すんです。しかし現実にはこの知恵を使う人は少ないようで、多くの場合に人は何が何でも自分の思い通りにしようと闇雲に動くか、あるいは仕方ないよ!と簡単に可能性の探索を放棄してしまうのです。皆様にもお勧め致しますが、いざという時に役立てられるように自分に内在する自動操縦システムを育てて置きましょう。さて、その方法は…。