世界史て開運 ネストリウス派は負けてない

ナゼか現代人の生き方というと話が戦国武将になる。だけどナゼ戦国武将の生き方が参考になるのがはギモンだ。たぶん戦国武将から勝利のツボなんかを学ぼうということなんだろう。まぁ確かに利害の衝突とか極限状態下での判断とか遠大な計画は戦国武将ぢゃなくても関してくる可能性があるから何かの参考にはなるだろう。だけど実際の生活空間では勝利よりも敗北の方が頻繁に経験されるし命に関わるような判断も滅多にない。リアルなマイクロ・システムとしての生活空間に働くダイナミズムは極めて平凡で小規模で武将の知略とは無縁にも見える。武将に学ぶ人生論では一般に敗北は単なる教訓として扱われる。しかしホントに敗北には副次的な意味しかないのか?敗北ばかりで過ぎていく人生は無意味なのか?そんなギモンに答えてくれそうなのがキリスト教の異端であるネストリウス派の歴史だ。しばらくネストリウス派の動きを追跡しよう。彼等はローマ教会による異端宣を受けてキリスト教の仲間から外されたのだが皮肉なことに追放されたのは彼等自身の主張のせいではなく当時エジプトの学者に激しく批判されていたシリアの学者たちの説を擁護したためだった。ネ
ストリウス派の漂流は他人に同情したばかりに始まったのだ。うぅむ悔しや。ギリシャの科学技術を身につけていた彼等はシリアで熱烈に歓迎され安心したのも束の間。正統派の追撃を受けて命からがら東へ逃げる。だが今度は今や日の出の勢いのイスラム教から邪魔にされて拠点を失う。ただし同じイスラム教ながらアラブ人との身分格差に苦しんでいたペルシャ人に拾われ助っ人外人軍団として生きることになった。そして新たに生まれたアッバース朝では長らく覇振りの良い生活を楽しんだそうな。このころ彼等の繁栄は極みに至り勢力を中国にまで伸ばしていく。これが例の景教だった。しかし覚めない夢はない。イスラム教徒が自ら高度な技術を身につけると用済みになって捨てられてしまう。こうゆうことって時々あるよね!いよいよ困ったころに東に起こったのがモンゴル帝国だった。新たな活路を見いだし何とか宮廷医師や会計なんかをすることで生き伸びることが叶った。このころイスラム勢力の攻勢に頭を痛めていた西欧諸国はモンゴルとの軍事的連携を画策しており異端とされた彼等は東西をつなぐパイプ役となって活躍したた。このときにネストリウス派はフランス
やイタリアで温かく迎えられ使者の一人はイギリスに留学までしていた。た
だ間もなくモンゴルは得意の内部抗争から自然解体。宙ぶらりんになったネストリウス派は仕方なく小規模ながら拠点が残っていたペルシャやシリアに帰って細々と暮らしましたとさ。そのまま現在に至っているからメデタシメデタシ。という話。 希望を捨てない者は運命にも捨てられない。捨てる神あれば拾う神ありなのだ。そして人生ラクありゃ苦もあるさという基本を押さえておけば間違いないか。永遠の繁栄を望まないことが繁栄のツボだろうか。