悪い刑事のポリフォニー

高い塀に囲まれた家の前を通った男は一瞬だけ不敵な笑みを浮かべる。ここは仕事柄しやすいな。男は独り言を呟く。少し手前にあった二階家の駐車スペースにも目を着けていた男は近々この住宅街に足を運ぶことに決めた。刑事は悪いヤツらの心で犯人を突き止める。刑事の目の中には必ず犯人の目が同居している。同様に商人にだって同じことが言える。商人には客の目が作家には読者の目が教師には学生の目が必要だ。だからロシアのミハイル・バフチンの提案したポリフォニックな人間観や伝統的な芸道の世界の中核に置かれる自他一体とか天人合一とかの境地なんかは特に非日常的で特殊な感覚でもなさそうだ。確かに全てがビジネス・モデルや行動マニュアルに支配され保護されている現代には自分と違う誰かの目を得る必要もないだろうし達人の特殊感覚や職人の勘なんかとは無縁な一生が送れるに違いない。しかし考えようによっては人間が社会の中で無事に活動できている間は必ず自分と違う他人の目が働いているはずだ。他人の心を掴める人間が商売に成功するのは今も変わらない真実だ。んなこと言っても現実にはポリフォニックな意識を得るのは難しい。大多数の人
間は目の前の相手の話も聞かないまま会話をしていることさえ自覚できていない。そりゃポリフォニックな意識も結果的に特殊な感覚になってしまうだろう。ホントは単純に普段の自分と反対の何者かに立ったときに自分の心を観察するだけで色々なことが変わるはずだろうに。