左とん平さんとペーソスの時代!

評論家の西部邁氏の逝去を想う。ボディーブローのように効いてくる!無理矢理にでも何か楽しいことをしようと長らく仕舞い込んでいたCD類を出してみた。思えば修行に耽溺しているうちに心が音楽鑑賞から遠ざかっていた。CDの中に入っていたのは左とん平さんのヘイユウ!そうだ。「とん平のヘイユウブルース」は初めて自分で買いにいったレコードだった。でも意外だったのは曲が始まるや子供のころと全く同じく感動をもって作品の世界に引き込まれていく自分がいることだ。そればかりか今や大人に成り果てた自分が左さんの表現力の壮絶さに驚いている自分がいるのだ。怒り!悲しみ!絶望感!切ない祈り!そして馬鹿馬鹿しさ!こんなに繊細な作品を全国のよゐ子は普通に聴いていたんだね。当時はゲーニンとは別のコメディアンという人たちがいた。みんな独特の哀感とか悲哀とかを笑いの中に巧みに滲ませていた。その哀感はペーソスと呼ばれていたようだった。このペーソスという言葉はテレビを見ている小さな子供の耳にも日常的に入ってきていた。大人になってみるとテレビからは気づかなかいうちにペーソスという言葉は消えていた。消えていたことにも気
づかなかったか。ペーソスなんて言葉も完璧に忘れていた。それにしても「ヘイユウ」のB面には何が入っていたんだろう。どうにも思い出せない…。昭和原人なら誰にでも初めて買ったレコードの思い出があるだろう。そして多くの人が不思議で個性的でブッ飛んだ選択をしていることに改めて驚いたりする。その人の原点みたいなものがレコードの記憶から見えてきたりするじゃん。