デカいことを言いたくなる北欧の心

なんだか調子に乗ってデカいこと言っていたスウェーデンが移民や難民の問題でゴタゴタしているらしい。昔風のインテリゃあ何かと言うと北欧では北欧ではと言い出す。いわゆる北欧出羽の守だ。福祉にエネルギーに教育!だが人口も少なく社会構成も単純で経済規模も小さい妖精の国も今や色々と複雑な問題に頭を悩ます他のマットーな国々と同じような問題群に直面するようになった途端にデカいこともキレイごともノンキに言ってられなくなってきたか。北欧でのナチズムの復活なんかを今なお人心の劣化くらいに嘆いている人も多そうだが実は北欧という理想社会の底の浅さや北欧特有の度しがたい見栄の本質が露呈してきたにすぎないように感じる。しかも皮肉なことに今の北欧の発想もナチズムも構想も物事は何でも頭で考えたように動くんだという同じゲルマン的な幻想の裏表だ。だが生身の北欧も考えたとおりには動いてくれない。実際に早くも90年代のデンマークぢゃあ路地裏でベトナム人がリンチに遭う事件が頻発しアジア人に対する暴力沙汰も日常的に起こりだしたらしいし自慢の福祉政策も見直されているとや聞く。人間は順風満帆のときや恵まれた境を享受できている間にゃあデカいことを言いたくなるものだ。それは自然な心の動きだろうから特に罪にまならないが北欧や北欧崇拝者のインテリってヤツと来た日にゃあ色々と事情のある他人様にも安楽椅子の上から生意気な説教をはじめる。ここが北欧生まれの罪なのだと感じる。さぁ今に見ておれ。北欧の吠え面かくのを目の当たりにできる日も近いだろう。そしてデカい口を叩けていた自分たちの特別な立場を思い知り大地にひれ伏し高慢の罪を涙で悔いるときも近づいている!